第10回 「夜間の本音」

「どうして?」「なんで?」これがAさん(女性)の口癖。
日中のAさんとの会話に、この口癖はつきもの。
昼食を食べることも、「なんで?」
水分を摂ることも、「どうして?」
トイレに行くときも、「トイレ行くからね」と不安な声の訴え。
何かと不安が多く、か細い声で寄り添うスタッフにしがみ付くのも特徴。
そんな何かと不安で、時にネガティブな発言をされるAさんの姿は、どことなく自分と重なる気がしていま
した。
しかし、夜勤業務をする僕はAさんと夜間も一緒になることがあります。
午後9時、夕飯も食べ終わり、泊まりのご利用者さんが床につき始めた頃。
Aさんがベッドから「お兄さーん」と呼びました。
「今日の夜食は何食べたの?」と聞いてきたため、『僕はカップラーメンですよ』と答えると、
「カップラーメン(笑)」と笑いながら応えました
他にも、日中の出来事の話や、時にはご自身の息子さんの話を自慢げに話されました。
他のご利用者さんのことも気にかけつつ、僕はベッドサイドの横に座り込み、Aさんから出る世
間体の会話をしばらく続けました
実はこのとき、昼間に見られる不安気な表情を見ることは無いし、あの口癖を一度も耳にすることはありま
せん。
むしろ、別人かのようにAさんの表情は、とても生き生きとしていました。
また、僕が冗談で『どのスタッフが一番好き?』と少しふざけた質問をすると、
「お兄さん」と笑いながら僕のことを指さしました。
『もっと良い人たくさんいますよ?』と尋ねると、「優しいから(笑)」と笑顔で応えました。
「女性はお姉さん」と看護師の席を指さして言いました。
「あとは、メガネの人が2番目で、背の高い人が3番目で...」と自分から、どんどん話し始めま
した。
そんなAさんとは、なぜだか夜間だからこそ本音で語れ、そして本当のAさんの姿を見ることができるよう
に感じました。
また、どこか自分と似ているAさんの言動や行動に共感するようにもなっていました。
しかし、朝になると再び一変し、いつもの口癖と不安気な表情が始まります。
何が正解かは分からないけど、きっととても寂しがり屋で、1人でいるのが怖いだけなのではないかと思い
ました。
確かに、日中は大勢の人がいるけれど、夜間のように静かにゆっくりした時間が流れているわけではありま
せん。
Aさんと同じネガティブな僕だけれど、これからも夜間の静かな時間に、Aさんの話をたくさん聞きたいと
思います。
例えば、好きなテレビ、好きな食べ物など、もっともっと本当のAさんの事を知っていきたいです。

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